限りなく体育会系ピアノ部

旦那さんのライフワーク、というよりも自己鍛錬の修行としての位置づけでなくてはならなくなったピアノの話題が出たので、ピアノ関連記事をしばらく連続で再投稿しようと思います。なぜ旦那さんがピアノを習うようになったのか、今回はそのお話です。

以下はLOVELOG版Messier Catalogue 27の2008年7月24日の記事の再投稿です。


限りなく体育会系ピアノ部(2008年7月24日)

イチローがメジャーで262安打の大記録を残した2004年の秋に旦那さんは十数年ぶりにピアノを再開することに決めました。「どういう風の吹き回しですか?」と尋ねてみたら「イチローのように自由になる身体を私も手に入れたい。」と一言。今まで記憶する感覚の中で一番イチローのバッティングに近いと思い浮かんだのが学生時代にやっていたピアノだったそうです。高度な動きをコントロールする感覚を手にしたい。それを再開するに当たって初対面のピアノの先生に伝えたところ「?」な顔をされたそうです。誰がイチローを見てピアノ弾きたいって思いますかねぇ。普通。

それはともかく、そんな旦那さん、ピアノを再開して数回目の発表会がやってきました。旦那さんにとっては恐れ多くもイチローを目指すプロセスですから、たかが趣味のピアノ、されど趣味のピアノなのです。今回弾いた曲は、ベートーベンの悲愴ソナタ3楽章です。暗譜も含めた追い込みを6月後半から行いましたが、時間のやりくりもさることながら、脳で使用するブドウ糖と酸素について、仕事との配分が大変でしたものね。


崩れる演奏と恐怖

そんな追い込み真っ最中の7月頭、大問題が起こりました。旦那さんが自宅のペラッペラの電子ピアノでは練習する気がしなくなったと言い始めて、一気にモチベーションが下がったのです。引き金は6月末に練習会で弾いたスタインウェイ(*1)。調律が終わったばかりということもあって、吸い付くような指ざわりとあまりの感度のよい反応に心を奪われてしまったようです。魔性です、魔性。

そこから気持ちを立て直すために、巨匠たちの録音を聞き始めるのですが、これがまた悪影響を及ぼしたみたいです。旦那さんは本を読むように自分で曲にじっくり向き合いたいからと、曲に取り組んでいる最中はその曲のCDはあまり聴かないのですが、今回は特別にカンフル剤扱いで聴いたのです。それは脳天を直撃するかのごとし巨匠たちのの強固で豊かな曲想。旦那さんの曲イメージが免震構造だとよかったのですが、この辺りが素人の浅はかさというか、手抜き工事で作りが甘いんでしょうね。瞬く間に旦那さんのイメージの土台にひびが入ってしまいました。

旦那さんの身の上に俗に言う「曲が崩れ始める。」が起こりました。頭の中の音のイメージが指に伝わらないもどかしさから、今までスラスラ弾けたはずのパッセージもシドロモドロになってしまったのです。ピアノの先生から「1ヶ月前から大変なのよね~。うふふ」と前々から言われていましたが、まさに「これか~!(゜д゜;)))))」 子供の頃は運動神経で乗り切っていたから気付かなかったそうですが、大人になって気付くそれは体のコントロールが失われていく恐ろしい感覚だそうです。


私的イチローへの道

この状態に陥ったとき何をすればいいのか? ここはさすがに演奏家としても先達でいらっしゃるピアノの先生の助言が有益でした。「非常にゆっくりのテンポで弾いて間違えるところは弾き込みが足りない証拠です。一つ一つ明らかにして潰していきなさい。」 うまくいかないのはピアノのせいだとか、イメージが崩れたなんて言っていますが、なんだかんだで旦那さんは練習量が足りないのです。藁にも縋る思いで旦那さんは2週間ほど言いつけを守りました。

「これがイチローへの道なのか…パタッ(倒れる音)」 思ったとおりの体の動きをする(=イメージした通りの音を出す)ために基礎練習を重ね(ハノンやスケール)、同じ動きを繰り返し練習をする(パッセージ練習)。これらが無意識で動くようになる(=定型化する)まで行うのです。それは体育会系ピアノ部。スポーツ選手も演奏家も「PLAYER」とはよく言ったものですね。

これは別に楽器の演奏やスポーツに限らず、ダンスだって浄瑠璃だって書道だって板金だって布の裁断だって、「技」と呼ばれる身体の動き全てに当てはまることなんですよね。型となった動きは揺ぎ無い自信を精神に与え、精神は体を使って俯瞰するという自由を得ることができる。身体性という制約を振りほどくには、身体に型という制約を掛けていくというパラドックスが生み出されるなんて、身体を持っている人間って面白いですね。

さて、本番はどうだったかって? この話だけ見れば旦那さんがたいしたことを成し遂げたように見えるかもしれませんがね、実際の演奏は、もー、びっくりなところで止まっちゃうわで、私ハラハラしましたよ。演奏後、肩を落とす旦那さんに「どうしちゃったんですかー。」と聞くと「フルコン(*2)で弾いている音が自分に聞こえてこなくてビビりました…。」だそうです。メンタル面の弱さが課題の結果となりました。

後日先生に感想を聞いたところ、「フルコンを鳴らすための体の使い方を勉強しましょう。やわらかい腕と腰、遠くに響く音を出す動き。腹筋が重要ね。」うおおお、やはり体育会系。平凡な能力の旦那さんにとって、イチローのごとし身体の自由への道のりは遥か何万光年先で一生かかってもたどり着けないでしょうが、近づく努力を楽しむのは誰にでも平等に与えられた自由ですものね。その自由は満喫しましょう!

最後に。
「自分でつかんだ技術は逃げない。」
22日(火)のNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に登場した板金工の国村次郎さんが行っていた言葉です(*3)。


<参考>
*1:スタインウェイピアノ。世界に冠たるピアノのメーカー。
*2:フルコンサートグランドピアノ。コンサート用に使われる一番大きなピアノ。
フルコンは長い弦のため、遠鳴り(遠くまで響く)するのが特徴。
*3:NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀 第94回」 2008年7月22日放送


<紹介>


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