ブラームス登山

旦那さんが今まで体験したあらゆるピアノの練習会、発表会を迎える過程で一番しんどかったものを、約1年間の登山になぞらえてまとめました。何度も滑落しましたので、救助ヘリ(私)が出動しました。私もしんどかった。

以下はLOVELOG版Messier Catalogue 27の2009年11月06日の記事の再投稿です。


ブラームス登山(2009年11月06日)

おつかれさまでーす。11月3日、旦那さんのピアノの練習会が終わりましたー。練習会というのは、お客さんを入れないで、教室の生徒さん同士で弾き合いっこする会です。旦那さんが何を弾いたかと言うと、ブラームスの「2つのラプソディ」の2番です。
[下YouTube参照]

Martha Argerich plays Brahms Rhapsody in G minor



この曲は旦那さんの前に1年にわたって立ちはだかった大きな山です。練習会を富士山登頂とするならば、それまでに幾多のドラマがありました。大きくまとめると5つ。①五合目に辿りつけず、②途中樹海に迷い込み、③さらに2度も滑落し、④先に登頂した人たちの何気ない言葉に煩悶し、⑤直前に追い越してきた登山者の存在を意識して心が折れかかる。

本番の前日夜にストレスで額に大きな赤にきびまでこしらえたかと思うと、終わってからなんだか老け込んでしまいました。あああ、おいたわしや…。

そもそも、ブラームスを弾くことになったのは、そんなに強い理由があったわけでもないんですよ。以前の練習会でブラームスを弾かれた方がいらっしゃって、それが素敵だったものですから、何気なく「次はブラームスが弾いてみたいなあ。」とつぶやいてみたのです。すると先生からブラームスの「2つのラプソディ」の2番のご指名がありました。

この曲はどちらかというとぶわっしぶわっしと掴む骨太なラインで全体的に重厚な感じなのですが、実は旦那さん、あまり得意ではなくて、曲を頂いたときは「…」とフリーズしていました。明らかに聳え立つ山。これを登れと言われるか? しかし、ここは先生にはなんらかの意図(今後の布石)があるのだろうと、素直に取り組んでみることにしたようです。


①五合目に辿りつけず

ところが、取り掛かってみるとまあ大変。自分にひっかかりのないものだから、プロの演奏(CD)を参考にすれども、譜読みの段階でいまいち曲想が掴めないんですよね。もちろんテンポが出ていないので曲の感じが出ていないというのもあるのですが。そうやって、傍目から見ればぐだぐだですが、旦那さんにとっては至極真剣に最速で譜読みをしてテンポが出せるようになるまでに3ヶ月。

旦那さんの読みでは、あと3ヶ月くらいで曲になるかなと思ったのですが、ここから後の旦那さんの体験する地獄を誰が想像できたでしょうか…。


②途中樹海に迷い込み

譜読みの段階からわからないなりに「こんな感じで弾きたい。」というのがようやく固まって、曲をビルドしようと気持ちを盛り上げていったところ、「こんな感じ」がいつまでたっても、自分の耳に聞こえてこなかったそうです。それはまるで、コンパスがぶっ壊れ、太陽の出ている位置もわからず、道なき道を歩く感じだったといいます。

これ、何が起こってるんだと思います? 私が分析しますに、これって単純に技術不足なんですよ。例えばメロディと伴奏の2ライン以外に、複数のラインを弾くことがあるのですが、例えば、一番高音のラインは柔らかく、中の細々したおかずラインはモヤっと、低音のラインは深く。ハーモニーとしてはマッシブ感を出して…。そういう音のイメージではできていても、指がその音を再現できないのです。だから弾けども弾けども、聞こえてこないというわけ。

こういうのは一朝一夕でできるものではなく、絶え間なる基礎練習(脳内イメージと身体の使い方のすり合わせ)が必要なんですが、そのことに気づいたのが、「おかしいなー、おかしいなー」と苦悩しつつ、譜読み完了からもう3ヶ月経ってますからね。この時点で計6ヶ月。おっそ…。

この間、先生は何をされていたのか?と疑問に思われる方もいるかもしれませんが、教育的配慮から「ピアノの練習ABC」という初心者の本を使って、いろんな音の出し方を旦那さんに叩き込んでくれていました。それで旦那さんはそこで学んだ音の出し方と、ブラームスでの音の出し方がリンクして、「こりゃ、技術不足だ(゚д゚;)!」と思うに至ったのですから、教育は成功したと思います。

それからというもの、音のイメージに対して自分の技術がどの程度足りないのかを冷静に判断し、今の実力でできる最高パフォーマンスで再現ができるようにと気持ちを切り替えたようです。そうすると一歩一歩日々前進するというということが体感できるようになったそうですよ。旦那さんのような亀子さんにとっては急がば廻れのよい例です。


③さらに2度も滑落し

さて、半年経つと一通りは弾けるようになったのですが、「暗譜やってみましょうか。」という先生の一言が旦那さんを谷底に突き落とします。

若い頃、暗譜と言えば、弾きこんだだけ体が指の動きを覚えていて、譜読みが終わる頃には、6、7ページもあるような楽譜でも見なくても弾けるようになっていたというのが常でした。具体的には腰と背中と肩と腕と手と指の動作の反復感覚や距離感で覚え、誤りは音の響きで判断していたのです。

ところが年をとった旦那さん、そうは問屋が下ろさない。譜面台から楽譜を取り去ると、手がピタっと止まってしまいます。何の音から始めるんでしたっけ? 次は何の音でしたっけ? どうやって暗譜していいかすらわからない。1小節見ないで弾く。OK。2小節見ないで弾く。OK、1フレーズまとめて見ないで弾く。NG。ぎゃあっ。

いざレッスンでは暗譜に気をとられて「こんな感じで弾きたい。」が全て崩壊してしまいました。「こんな感じ」って「どんな感じ」だっけ? もう、記憶喪失状態、見事なまでの滑落です。「…暗譜はいいですから、もう一度楽譜に戻って丁寧に曲を作り直してください。」とは落胆した先生のお言葉。滑落して元の位置に戻るまでに3ヶ月を要しました…。

そしてそうこうしているうちに、「練習会」の季節がやってきます。「暗譜しても、しなくてもいいですよ。ただ、暗譜したほうが演奏に集中できるのは確かです。」「も、もう一回暗譜にチャレンジしまふー!」そして2度目の滑落…。ここは割愛させていただきます。ただ2度の滑落で一つ学んだのは、暗譜において、体の感覚だけで覚えるのはなしです。体の感覚にもう一つプラス、補助的に視覚で鍵盤の位置を覚えることが大切です。


④先に登頂した人たちの何気ない言葉に煩悶し

さて登山の途中には、旦那さんが実家にいた頃(学生時代)にお世話になったピアノの先生と話をする機会あったんですよ。そこでブラームスにチャレンジしている旨を伝えたところ…

「私は自分の生徒には未だにブラームスの楽譜は渡したことはない。そのレベルに達する人はいないからよ。」と言われたそうです。これは昔の先生との苦楽を共にした長い付き合いからわかることなのですが、旦那さんがブラームスを弾く実力はあるのか?と糾弾しているのでは決してありません。旦那さんがブラームスを弾く実力を身に付ける努力をする覚悟があるのかを聞いているのです。

そして今習っている先生には「ブラームスを人前で弾くということは大変なことなのよ。私はなかなかできないもの。」と言われたそうです。これは旦那さんが練習会で弾くと決めた勇気を讃えて言われた言葉ですが、ブラームスは気軽な気持ちで取り組んではいけないということを示唆する、捉えようによってはこれも厳しい言葉です。

こういった先生たちの言葉に旦那さんには迷いが生じてしまい、しばらく弾けなくなってしまったこともありました。


⑤直前に追い越してきた登山者の存在を意識して心が折れかかる

さあて、ここまで何ヶ月でしたっけ? 優に1年は経過してますよね(笑)。最後の最後で本当に笑えるようなハプニングが。当日のプログラムが出たのが本番3日前。旦那さんはトリを任せてもらえることになり、それだけでも大緊張なのに、直前のゲストの方が、自分の曲の対となるブラームス「2つのラプソディ」の1番弾くことを知ります。しかも職業モデルという男性で、音楽の半分プロのような人。

それを知った瞬間に心がふにゃ~っと曲がり、翌日の晩には額に大きな赤にきびをつくり、翌々日の本番当日、その男性ゲストに女性生徒が色めき立つ中、旦那さんは全身全霊で「エネミー」と認識…。そうでもしないと体が震えて心がポキーッと折れそうだったのです。傍で見ていて、イケメンを前にしても非常事態の心理状態であることが、もう憐れで憐れで(苦笑)


そして旦那さんが見た景色

さて、本番の演奏はどうだったでしょうか。旦那さんが1年以上もかけてたどり着いたのは富士山の頂上だったでしょうか。「こんな感じで弾きたい。」が結局実現できなかった箇所もたくさんありますし、やっぱりメンタル面が弱くて本番ではありえないところでつっかえてしまったりと課題もたくさんありました。結局1年もかけても富士山の山頂の景色は見ることはできず、結果だけ見ればドロップアウトの状態かもしれません。それは仕方ない。彼女の現在の実力では本当にこれが限界だったと思います。

旦那さんは演奏前にピアノ教室の仲間に言いました。「自分のような人間でも、1年かければこれくらいは弾けるようになりました。よければ目安にしてください。」 皆さんにお伝えできる素晴らしさは山頂の絶景ではないものの、その道すがら彼女しか見られない景色を見てきた苦労と感動が伝わった演奏ではなかったかなと思います。この演奏が、旦那さんにとってのご褒美、山腹で見るご来光のようであったことを願ってやみません。



<紹介>
8枚組でこの値段。若きアルゲリッチの感動がよみがえる。あのアルゲリッチだものと先入観を持って聞くも、ラプソディはとても楽譜の指示に忠実です。それなのにこの個性。パラドックスですわ。


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