「雨だれ」に潜む死の影を君は見たか?

超有名なショパンの「雨だれ」。旦那さんは「小学生の発表会で弾く曲でしょ、楽勝ー!」と舐めていたら酷い目にあいました。たくさん聞いて、調べて、弾きました。これくらい完全燃焼できると気持ちいいものです。

以下はLOVELOG版Messier Catalogue 27の2011年05月28日の記事の再投稿です。


「雨だれ」に潜む死の影を君は見たか?(2011年05月28日)


この度の練習会で旦那さんは何を弾いたかと言うとショパンの24のプレリュード(前奏曲)の15番。あの有名な「雨だれ」です。この曲は少なくとも表面上(←ここ重要)のテクニックはそこまで難しくないので、「子犬のワルツ」と並んで、小学生の発表会曲になることが多いそうですね。旦那さんは学生時代にいくつかショパンの曲を弾いたことがあるものの、「雨だれ」については今の今まで弾いたことなかったそうです。これは彼女があまりショパンが好きではなく、「ショパンの○○を弾きたい」と今まで先生に申請してこなかったことに原因があるみたい。

というのも、ショパンがロマン派(*1)と言われる特徴を、旦那さんの場合、あまりに美しいメロディすぎて、叙情的、感傷的で湿っぽいと捉えてしまっていたようなのです。バッハの機械的、数学的、宇宙的(?)な曲が好きな旦那さんと反りが合わなかったのかな。しかしショパンもバッハが大好きで「平均律クラヴィーア曲集(すべての調性についてプレリュードとフーガが書かれている)」を片時も離さなかったこと、プレリュード集はショパンの解釈によるところの「平均律」であったこと、その後で知った事実なんですけどね。

いざ先生勧められて、「まあメジャーどころだから弾いておいてもいいかな。」と受け入れましたら、左手で表現する雨粒が大雨の状態、「右7、左3くらいの音量のつもりで。」とアドバイスを受けます。右手を浮かびあがらせようとすると強打してしまいあのふんわり具合が出なくて苦悶。そしてある程度弾けるようになってきましたら、演歌でコブシをまわすようなやりすぎ感が漂います。旦那さんは先生から次のような注意を受けていました。「もう少しサラっと弾くほうがいいですよ。なぜならメロディだけで十分にそのニュアンスを表現しているから。」

プロの演奏は影響されるからと、自分のイメージが固まるまで聞かない主義の旦那さんですが、「そうかなぁ、そんなに演歌してる?私。」と納得のいかない顔をしたので、今回ばかりは聞いてみることにしました。家にあるCDはアルゲリッチの8枚組お得用のCDの中から「24のプレリュード」をチョイス。そしたらサックリ進む。進む。さらに驚異的なことにアルゲリッチはプレリュード全24曲を33分で弾き倒している。倒すという表現がぴったりの勢い(笑)。旦那さんは思いもよらなかったようでしばしポカーンとしていました。

Chopin Prelude Op 28 No.15 アルゲリッチ(4:54)



「雨だれ」聞き比べ

他にも聞き比べたほうが面白いと思いましたので、YouTubeを探しましたよ。YouTubeにアップしてくださった皆さま、ありがとうございます! 根気のある方は聞き比べてみてください。ポゴレリッチはゆったりテンポで、随所「サムシング・グレイトと交信?」と思わせる間があります。ホロビッツは中間部の雨だれがボツボツと鳴る。トタン屋根に当たる雨のようで、「マヨルカ島(ショパンがプレリュードを仕上げた島)にトタンがあったのか!?」とツッコんじゃいました。

ブゾーニ(4:46)
ホロビッツ(5:13)
ポリーニ(5:00)
アラウ(5:32)
ポゴレリッチ(7:22)※先行して時化の海ようなNo14が入っています。
ブレハッチ(5:00)※先行して時化の海ようなNo14が入っています。


死の影を感じる

さて。5月の連休も明けて、旦那さん最後の仕上げの段階。先生は、旦那さんが他人の演奏を聞いても自分の演奏が壊れない、客観的に聞いて自分に必要なものだけ吸収できるようになったと思われたのでしょう。「この演奏は独特で、且つ別格です。こういう解釈があるということを勉強してみてください。」と次の演奏を紹介されました。

Chopin Prelude Op 28 No.15 コルトー(4:13)



私は聞いただけで背筋が寒くなりました。あの間は何? 歌いながら伸び縮みする空気。何かがいるよ!

ピアニストのコルトー氏は、自分でいろんな練習プログラムを考えるくらいの超練習オタクだったそうで、ショパンに関しては自分の注釈を書き込んだ楽譜を出版しているほど(*2)。そして各曲にサブタイトルをつけています。

<コルトーがプレリュードにつけたサブタイトル>
01.愛される女性の熱っぽい期待
02.悲痛な瞑想、人気のない海、遠くの彼方へ…
03.小川のせせらぎ
04.墓の上で
05.鳥のさえずりに満ちた木
06.郷愁
07.甘い思い出は、香りのように記憶の中に漂う…
08.雪が降り、風がうなり、嵐が猛威をふるう。
しかし私の悲しみに満ちた心の中では、嵐がもっと凄まじく荒れ狂っている
09.預言者の声
10.消え行くのろし
11.乙女の願い
12.闇夜の騎馬団
13.異国の地で、星をちりばめた夜に、はるか彼方の最愛の人に思いを馳せながら…
14.荒れ狂う海
15.しかし死はそこに来ている。その闇の中に…
16.奈落への道
17.彼女は行った。私はあなたを愛している、と…
18.呪い
19.翼を、翼を与えたまえ。わが最愛の人よ。あなたのもとへ飛んで行くために!
20.葬式
21.愛の告白の場所にひとり寂しく戻ってくる
22.反抗
23.戯れる水の精
24.血と、快楽と、死
(「アルフレッド・コルトー版 ショパン 24のプレリュード Op28」より)


「雨だれ」と名前をつけたのは、ショパン(1810-1849)より20歳も年下にあたるドイツの指揮者、ピアニストのハンス・フォン・ビューロー(1830-1894)(*3)です。ショパンの年上の恋人だったジョルジュ・サンドが「自叙伝」の中で、ショパンがマヨルカ島で寄宿していたヴァルデモーザ僧院でプレリュードの15番を弾くショパンを見て

その夜の彼の作品は修道院の瓦の上に落ちる雨の音に満ちていましたが、その雨の雫は、彼の想像と音楽の中では、天から彼の胸の上に落ちる涙に変わっていたのです。(小沼ますみ「ショパンとサンド」より)

と書いたくだりからこの名前が生まれたそうです。でもこれが15番を指しているかというと、4番という説もあるんですって。

ショパン存命中、本人は曲にタイトルを付けられるのを嫌がったそうですが、15番に「雨だれ」という名前がついたのも死後でしょうしね。コルトーは、注釈を加えるのは無謀なことかもしれないが演奏家として自分のイメージを聞き手に提起することは自分の役割を逸脱するものではないという立場でした。それで、あの詩的な、この世のものではないような副題。それを見るだけでなんだか聞いてみたくなりませんか?

「雨だれ」はと言うと…「しかし死はそこに来ている。その闇の中に…」 あの「何か」はもしかして「死」だったのか!? 「雨だれ」だけ聞くと、コルトーの解釈はとっぴなようにも思えますが、タイトルを見ますと24曲で1つであるということがよくわかります。「雨だれ」だけ独立して見ていては、この演奏のような解釈はまず生まれないのだなと感じました。

その証拠に、旦那さんがレッスンに伺った時に偶然先生が弾いていらした14番。それを聞いて旦那さんは「私の葬式にそれを流してほしい!」と言ったのです(*4)。他のプレリュードに、こんなに綺麗なメロディに、死の影があるんだと小さな驚きがありました。

パリの喧騒から逃れたいショパンとストーカーの愛人から逃れたい恋人ジョルジョ・サンド。プレリュードは二人のマヨルカ島の恋の逃避行と結びつけて語られることが多かったのですが、出発前には出版の約束を取り付け、旅行代金の調達として前金を受け取っていることから、ほぼ出来上がっていたらしいです。しかし甘美なマヨルカ島生活となるはずが、ショパンは体調を崩し何度も血を吐くほどに肺を病んでいました。その状態でプレリュードを推敲するわけですから、影響がないとは思えません。仮に影響がないとしても、もしかするとこの状況を予見するインスピレーションが彼にもたらされたのかもしれません。

そんなことを思いながら最後の仕上げは、自分なりに今までにない深い理解に進むことができたと旦那さんも満足のいくプロセスとなりました。結果は…? 練習会明けて次の日にもう一度弾こうと思ったら、もうあの雰囲気は出せませんでした。緊張と集中力がなくなっちゃったせいで死を感じるアンテナが立たなくなったんでしょうね。だから当日はよかったんだと思いますよ。ピアノはこの一瞬、本番のためにやっているといっても過言ではありませんね。さあ、秋の発表会に向けてもがんばりましょうね~。


<参考>
参考文献(リンクはAmazon)
ONTOMO MOOK 生誕200年 ショパンのすべて その生涯と作品 音楽の友編
新版 ショパンとサンド 愛の軌跡
名曲案内 クラ女のショパン
ショパン 24のプレリュード (アルフレッド・コルトー版)


*1:ロマン派音楽(Wiki)
*2:アルフレッド・コルトー(Wiki)
*3:ハンス・フォン・ビューロー(Wiki)
*4:私の葬式にかけて!(旦那さんツイッター)


<紹介>


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