凡人の冒険のススメ~獣の奏者エリン

上橋菜穂子さん、国際アンデルセン賞受賞(*)おめでとうございます!! 旦那さんも私も大好きで本を夢中で読ませてもらいました。すうちゃんにも小学校中学年くらいになったら上橋菜穂子さんの本を読ませ、一緒に感想を言い合いたいと夢を持っています。今日は受賞記念として上橋さんの作品「獣の奏者エリン」の作品レビュー(アニメを中心として)をご紹介したいと思います。

*:国際アンデルセン賞に上橋菜穂子さん(NHKニュース)



以下はLOVELOG版Messier Catalogue 27の2009年12月27日の記事の再投稿です。


凡人の冒険のススメ~獣の奏者エリン


旦那さんが小学校の頃から疑問に思っていたのは、なぜ物語やゲームの主人公は、尊い一族の血が流れているだとか、某の生まれ変わりだとか、生まれつき特殊能力を持っているだとか、偶然偉大なものに見初められてしまった…等々、ロマンチックな設定がふんだんに盛り込まれた、つまり選ばれし人間であり、彼らは難しい運命を受け入れ、難局を乗り越えていこうという気概に満ちている者ばかりなのだろうかということでした。

そんなアホウ過ぎる疑問を大学に入ったばかりの時分、友人に話すと「そりゃ、ストーりーを進みやすくするためでしょう。主人公が物語にひっかかりがないただの人だったり、内気な性格だったら話進まないじゃないの。」と一蹴。なるほど(・∀・)!

しかしだからこそ、それは話としては面白くて憧れても、人生の指南書には一向にならなかったようです。なぜなら自分のように、生まれは平民、前世の記憶もなく(当たり前…)、何の才能もなく、人の注目を集める美人でもない人間が、どうやったら冒険が始まるのだろうと出だしで躓いているのですから。偉大なるものからのコーリングを待つって? さすがに妄想好きの旦那さんでも現実と非現実の区別くらいはつきますよぅ。

そんなわけで、例え物語の途中、仲間と力を合わせて事を成し遂げた素晴らしいシーンがあったとしても、それはすべてロマンチックな設定のせいではないかと覚めた目で突き放して本を読んでいたそうです。普通の少年・少女が冒険を始めるには? その答えが大人になって得られようとは旦那さんも想像もしていませんでした。答えをくれたのはアニメ「獣の奏者エリン」です。


■小説に呑み込まれてしまうが…

先日、12月26日に1年間50回シリーズで続いた「獣の奏者エリン」(*1)が終わりました。「21世紀の『ハイジ』を目指そう!」と言って作られたアニメだそうで、それを知った旦那さんは「世界名作劇場」(*2)シリーズのファンのため、同じテイストであれば、話の構成や絵のレベルなど一定以上のものが見込めるだろうという、少しマニア寄りの視点から見始めたアニメでした。

ところがどっこい、スイスの空の高いアルプスの様子とそこでの牧歌的な生活が印象的だった『ハイジ』どころではない、『エリン』は話がもう最初から独特の暗さや不条理さがあるのですよ。エリンの母親は隣国との戦争に使われる闘蛇という巨大な蜥蜴を世話する村で獣医として活躍しているという設定です。勘のよい人ならここから血の臭いを感じ取るのではないでしょうか。そして王権の象徴である王獣と呼ばれる飛翔するオオカミのような巨大な獣。エリンは闘蛇の里を離れ、この獣を世話するようになります。そして王国の権力闘争に巻き込まれていくというお話です。

旦那さんは「アニメが終わるまで原作本は封印…」と言いながら、政治的に巻き込まれていく面白さから先が知りたくて辛抱たまらず、夏頃に購入。2冊を1時間半くらいで読み終えて「面白すぎて、時間あたりのコストパフォーマンス悪すぎーッ」と悶えてましたっけ(*3)。

それでも気を取り直してアニメを見続けたのは、小説では最小限の美しい構成でエリンを描き上げるために説明する必要もなかったシーンが、アニメでは新たに付け加えられて再構成されていたからです。他登場人物のサイドストーリーを描くことで、ある場面に意味が生まれたり。そもそも小説に出てこなかった人物を新たに加えることで、陰鬱な雰囲気にテンポを出したり、歪んだ国情の説明に一役買ったり。

アニメと比べるのも面白いかと、旦那さんは小説片手に土曜日の18:25にテレビの前でスタンバイしていましたが、アニメーション監修に原作者の上橋菜穂子さんが入っているだけあって、シーンや人物を増やすことで多重的になったものの、真に言いかったことは全くぶれがなかったです(*4)。


■普通な女の子の壮大な物語

さて、NHKのアニメの公式ホームページの物語の項にはこのように書かれています。
決して人と心が通じないと思われていた崇高な獣「王獣」を操ることができる類まれな才能を持ち合わせた少女・エリン。彼女は、その才能を持つが故に王国の勢力争いに巻き込まれ、波乱万丈の人生を送ることになる。
実はこの表現はちょっと間違っているのではないかと思います。確かにエリンの母は「霧の民」という流浪の一族の出で、伝説によると闘蛇を初めて調教した民の末裔だそうです。その血を引くエリンも特別といえば特別になるのでしょう。ただこのお話では、その設定は能力の高さを表すためには活かされず、村人から異質ゆえ疎まれるという影を落とすのに利用されます。また行く先々でも、エリンの目の色、髪の色から出自をとやかく言われることがありますが、彼女自身が血による能力をはっきりと否定しています。

その血の否定はエリンの言葉だけでなく物語全体に貫かれています。植物、昆虫、動物の生態に常に疑問を持ち、観察の好きな、地味だけれど一風変わった女の子エリン。そして彼女を特別扱いしない王獣保護区の学校の先生や仲間たちに見守られ、持ち前の好奇心と観察力を活かし、トライ&エラーを繰り返しながら、一歩一歩、王獣と心を通わせていきます。この丁寧な描き方こそ、少年少女たちが冒険やドラマを始めるための指針となるのではないかと旦那さんはとても感銘を受けたようです。

そして国の存亡をかけた運命の波が襲い掛かろうとも、エリンはひたすら人とはなにか、獣とはなにか、生きるとはどうあるべきかを考え続けました。そして自分の理念はなにか、それを目指すには自分に何ができるのか。一生懸命考え、できる範囲で行動に移しました。波が激しければ激しいほど、凡人として描かれた彼女のひたむきな姿に実に味わいがあるのです。

「小さい頃、この物語に出会えていれば、もしかすると今よりもっと遠くに冒険に出かけていたかもしれない…。でも冒険の仕方がわからなかったのよ。当時は特別な何かがないとダメだと思っていたから。」旦那さんは50回のアニメを見終えて、なんだか寂しそうでした。でも私は言ってあげたんです。冒険は今からだって始められますよ。エリンのように自分の心にウソをつくことなく、精一杯のことをするのは、いつでも遅くありませんってね。


<参考>
*1:獣の奏者エリン(NHK 公式HP)
*2:世界名作劇場(日本アニメーション 公式HP)
*3:獣の奏者〈1〉闘蛇編 (講談社文庫)
 獣の奏者〈2〉王獣編 (講談社文庫)(Amazon)
 上:660円/357p、下:730円/480p を1時間半で割ると、
 1時間当たり930円くらい。だから小説って嫌いだってさ(笑)
*4:エリン こぼれ話―原作者のアニメ監修日誌― (NHK アニメワールド内)
 原作者でありアニメ監修者の上橋菜穂子さんのBlogが
 アニメを丁寧に読み解いてくれます。


<紹介>

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